設計者より
はじめに|豊かな緑に囲まれた集合住宅を残す
高宮グリーンハイツは、昭和48年(1973年)に完成した鉄筋コンクリート(RC)造6階建ての賃貸集合住宅です。建設にあたり「福岡で最も素晴らしい建物を」との主旨のもと、設計担当者が北欧への視察などを行い、要人を迎えても対応可能な集合住宅としてつくられました。充分な広さを持った車寄せやエントランスホール、 セキュリティ、また今では贅沢とも言える内部廊下など、現代の事業性が最重要視されるマンション計画では、同じような状況をつくることはとても困難です。 この素晴らしい建物を、これから100年残していく。現在の質を保ちつつ、豊かな緑に囲まれ、静かで落ちついた場所に「住みたい」、「住み続けたい」と考える方を少しでも多く受け入れられる状況を目指し、リノベーションを進めたいと考えています。
外 壁|時間の経過を刻むレンガタイル
建設当時、この緑豊かな高宮に、「福岡で最も素晴らしい建物を」と依頼された設計者の方たちは、世界中の事例の視察を行うほど、材料の選定や、プラン・立面の計画には時間をかけていました。その視察旅行で訪れた北欧の集合住宅は、何れも、その地域の土を焼成してつくったレンガで仕上げられており、レンガそのものの質感以上に、時間の経過とともに地域に馴染んでいく建築の姿に、とても感銘を受けたそうです。日本でもレンガを焼成する技術が普及してきていたこともあり、この建物の外壁は、特別に製作したレンガタイルで仕上げらました。通常のタイルとは違って釉薬(うわぐすり/タイルの表面を保護する艶のある塗膜)が施されていないため、その表情には40年分の時間の経過が風合いとして刻み込まれています。定期的に改修が行われていたため、比較的よい状態ではあるのですが、一部、その改修した部分などの劣化が進んでいる箇所があり、今回のリノベーションに併せて、建物の外壁全面を改めて調査しています。40年以上経過したレンガタイルは、紫外線や風雨などの影響でとても脆くなっており、補修することはとても難しいのですが、耐震工事に伴い撤去する外壁や、仕上げの中に隠れてしまうタイルを1枚1枚、丁寧に撤去・洗浄後、その風化や変色の具合にあわせて選別し、それらを新たに外壁の補修材料として再利用します。外壁の改修工事は少々長いスパンでの取り組みになりそうですが、近い将来、建築当初と同じような姿に修復される予定です。
構 造|建築の自重を軽減する
この計画を行うにあたり、改修して保存できる建物であるか確認するために、構造的な強度の把握(耐震診断)を行いました。まずはじめに、構造躯体を実測して、建築当初の設計図との整合性を確認したところ、図面通りにしっかりと施工された躯体であることがわかりました。次に、コンクリートの強度を調べました。既存のコンクリート躯体から、各階3ヶ所ずつコンクリートサンプルを採取して強度試験を行ったところ、建物が完成してからこれまで、コンクリート躯体を保護する外壁や防水の保守管理が適切に行われていたため、十分な強度を有していることがわかりました。今後長い期間使用することを考えて、今回のリノベーションで、現在の基準(耐震改修法)に適合するように構造的な補強を行うことにしました。通常は鉄骨のブレースなどで文字通り「補強」するのですが、今回は、改修により必要なくなったコンクリート壁を取り除き、建築物自体の重さを軽くすることで、相対的に建物の構造的な性能を向上させることができました。適正に自重をコントロールし、できる限り、現在の姿を保ったままで耐震性能を向上させようと思います。
プラン|それぞれの風景に開かれた住戸
L型の平面形状をした建物内部には、各階に6つのタイプの住戸があります。住戸はすべて、大きなワンルームにもできる1LDKタイプの住戸です。この建物は、小さな丘陵地の中腹に建っているため、東西南北いろいろな方向に福岡の風景を望むことができます。各住戸のリビングスペースは、外部に向かって開かれた大きな開口部をもち、そこから見える風景に大きく面するように計画されています。浴室やトイレなどの水廻りはコンパクト(集約的)に計画し、また、収納スペースを充実させることで、できるだけシンプルな生活が楽しめるよう配慮しています。
また、今回のリノベーションでは、室内の居住環境を向上させることも、大きな目的のひとつでした。しっかりと断熱が施されたコンクリート躯体とペアガラス入りの開口部で囲まれた室内は、吸気口や換気扇なども計画的に配置されているため、空気の状態がとても安定しています。仕上げなどの目に見える部分だけでなく、肌で感じる空気の動きや質感までデザインされていることも、このリノベーション計画の特徴です。
共用部|居住者のためのオープンスペース
この集合住宅は、1階の車寄せやロビーなどの共用部がとても広く計画されており、また、各階の共用部が屋内廊下となっていることも、大きな特徴のひとつです。大きく庇のかかったアプローチに車を寄せることができるため、雨に濡れることなく、建物へ出入りすることができます。この建物は、建設当初より、県外から出向で福岡にいらっしゃる方々(例えば、都銀の支店長や大手商社の支社長など)の住居としても利用されてきました。そのため、社用車で迎えにきた運転手の方々が待機できるように、また、ちょっとした来客の対応を部屋の外でできるようにと配慮し、広くゆったりとしたロビーを計画したそうです。広いロビーは、この建物の財産でもあるので、福岡市を一望できる(大濠の花火大会も見えるそうです)屋上とともに、入居者の方々が自由に利用できるスペースとして、みなさんからご意見をいただきながら、整備していく予定です。
井手健一郎 / rhythmdesign